旧石器時代

旧石器時代(きゅうせっきじだい、英語: Pal(a)eolithic Age)とは、ホモ・ハビリスなどヒト科による石器(打製石器)の使用が始まった時代で、石器時代の初期・前期にあたる。年代的には200万年前に始まる。旧石器時代は石器の出現から農耕の開始までの時代(完新世)をさす。区分法により、前期/中期/後期に分類される。旧石器時代の語源はギリシャ語で παλαιός (palaios, 古い)+ λίθος (lithos, 石)である。旧石器時代(きゅうせっきじだい、英語: Pal(a)eolithic Age)とは、ホモ・ハビリスなどヒト科による石器(打製石器)の使用が始まった時代で、石器時代の初期・前期にあたる。年代的には200万年前に始まる。旧石器時代は石器の出現から農耕の開始までの時代(完新世)をさす。区分法により、前期/中期/後期に分類される。旧石器時代の語源はギリシャ語で παλαιός (palaios, 古い)+ λίθος (lithos, 石)である。

豊丘村ニュース

更新世(洪積世)の人類化石

日本列島は火山列島とも呼ばれるように更新世の火山噴火による火山灰が、瀬戸内、近畿地方を除く日本列島の大部分に降り注いだので骨を分解してしまう酸性土壌の占める地域が多く、旧石器時代の遺跡に人骨・獣骨化石が残る例がほとんどない。こうした中でもこれまで更新世人類化石として知られていた例も多かった。しかし、C14年代測定法や再検討の結果、それらの多くが更新世人類化石の地位を失い、静岡県の浜北人と沖縄県の港川人とが更新世人類とされている。

浜北人

浜北人は、静岡県浜北市(現・浜松市浜北区)根堅(ねがた)の石灰石採石場で、1960〜1962年に発見された頭骨片と四肢骨片(鎖骨・上腕骨・寬骨・脛骨)の人骨化石である。上・下2つの地層から出土した。それぞれの層から出た獣骨の年代を加速器質量分析(AMS)法による炭素年代測定での結果は、上層が約1.4万年前、下層出土の脛骨が約1.8万年前を示した。

港川人

1967年〜1969年に沖縄県島尻郡八重瀬町(旧具志頭村)の港川採石場の石灰岩フィッシャーで実業家・大山盛保によって人骨(上腕骨・尺骨・寬骨・大腿骨2点・脛骨2点・距骨・第1中足骨)の断片が発見された。上部港川人骨と呼ばれている。年代はおよそ1.2万年前と考えられている。

1970年に沖縄県島尻郡八重瀬町(旧具志頭村)港川採石場で数体の人骨化石が実業家・大山盛保によって発見された。人骨は少なくとも5体を数え、男性2体を含むという。約1.8万年前とされる。縄文時代が約1.3万年前から始まるとされていることから、更新世末及び後期旧石器時代末にあたる。顔は四角く、目は窪み、鼻はやや広く、立体的で頑丈であることなど現代日本人とは全く違っていて、縄文人と似ているところが目立つ。頭蓋では、骨が厚く、前頭骨が小さく、脳頭蓋の下部が幅広いなど独自の特徴でかなり原始的である。また、男性の推定身長は153〜155センチメートルで、上半身は華奢であり、かなり小柄である。

平成21年度日本学術振興会による共同研究では、後期更新世の沖縄港川人はアジア大陸の南方起源である可能性が高いが、北海道〜九州地方の縄文時代人とは、下顎形態に、多数の相違点が見出だされ、両者の間の系譜的連続性を認める従来の仮説は見直される必要があるという主張もなされている。

山下町洞人

沖縄県那覇市山下町第一洞穴で、1968年に発見された。約3万2000年前とされる6〜7歳の子供の大腿骨と脛骨で、国内では最古級の人骨である。最近の検討によると、初期現代型新人の特徴に一致するという。

石垣島・白保竿根田原洞窟の人骨

2010年2月4日、沖縄県教育委員会は、沖縄県石垣市白保(石垣島)の新石垣空港建設敷地内にある白保竿根田原洞穴(しらほさおねたばるどうけつ)から発見された人骨について、琉球大学や東京大学などと研究を進めた結果、そのうち1点(約8cm×約11cmの20〜30代前半の男性の頭頂骨)が放射性炭素年代測定で約2万年前のものと分かったと発表した。また「更新世から縄文・弥生期にかけての日本人の変遷に関する総合的研究」の分析では、発見された人骨片のうちの右頭頂骨片に対して、20416±113年前(BP)という推定年代値を得た。これは放射性炭素によって直接ヒト化石の年代を推定した値としては国内最古のものであった

その他、沖縄県で発掘され報告されている人骨化石

これまで更新世人類と思われていた人類化石

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